「皆目見当もつかない」という成句を正しく理解するためには、構成要素である「皆目(かいもく)」と「見当(けんとう)」の2つの単語に分解して考察する必要があります。辞書的な定義において、皆目見当もつかない意味とは「物事の方向性や結果について、予測や手がかりがまったく思い浮かばない状態」を指します。
まず「皆目」という言葉ですが、国語辞典などの文献によると、元来は中世の仏教用語や芸道の伝書において「すべて」「すっかり」という包括的な肯定文郭として使われていた背景を持ちます。しかし近世以降は、あとに打ち消しの語を伴うことで「まるっきり」「全然」という強烈な全否定の気持ちを表す副詞として定着しました。語源由来をさらに遡ると、能楽や古典芸能の身体技法において「目を瞑って周りが見えない状態」や、座禅の際に視覚情報をすべて遮断する姿から転じたとする説が有力です。
一方の「見当」は、目指すべき方角や目標、あるいは大体の見込みや推測を意味します。つまり、これらが合体した「皆目見当もつかない」という表現は、単に「知らない」という無知の状態を示すのではなく、「視界が漆黒の闇に包まれ、足がかりとなる光や方向感覚が完全に遮断されている」という極限の混迷状態を表す慣用句なのです。