ロシアが最初からこれほど広大な国だったわけではありません。中世におけるロシアの前身「モスクワ大公国」は、ヨーロッパ東部の一領邦に過ぎませんでした。
領土拡大の転機となったのは16世紀、イヴァン4世(雷帝)の時代です。モスクワ政権はウラル山脈を越えて東方の未開の地「シベリア」へと進出を開始しました。この遠征を牽引したのが、探検家イェルマーク率いるコサック部隊です。
彼らを東へ突き動かした最大の動機は、当時「柔らかい金」と称されヨーロッパで高値で取引されていた毛皮(クロテンなど)の獲得でした。毛皮商人や冒険商人たちは先住民の居住地を制圧しながら拠点を築き、わずか数十年から100年余りでオホーツク海や太平洋岸へと到達します。
シベリアには強大な統一国家が存在せず、抵抗勢力がまばらだったことも急速な東進を後押ししました。さらに17世紀から19世紀にかけて、ピョートル大帝やエカチェリーナ2世らは南方の不凍港や西方のヨーロッパ方面、中央アジアやカフカス地方へと領土を拡大。清(中国)との間でネルチンスク条約やアイグン条約を結び、極東の国境線を確定させました。
かつてはアラスカまで領有していましたが、1867年にアメリカへ売却。その後、ソビエト連邦の崩壊によって中央アジアや東欧の14共和国が独立したものの、旧ロシア帝国の中核領域を維持し続けた結果、現在も圧倒的な世界1位の面積を保ち続けています。