長谷川雅紀の物語を語る上で避けて通れないのが、極限の貧乏生活だ。故郷・北海道から上京し、芽が出ないまま過ぎ去った20代、30代。家賃の支払いに追われ、納豆のタレでご飯を凌ぎ、金銭的な理由から虫歯を放置して奥歯を8本失うという壮絶なエピソードは、今や伝説として語り継がれている。
転機となったのは、所属事務所であるソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)での出会いだ。吉本興業などの大手とは異なり、どこか泥臭く個性豊かな芸人が集まるこの場所で、彼は諦めずにマイクの前に立ち続けた。遅咲きの才能が集うプロダクションの風土が、彼の個性を殺さず、泥臭く磨き上げる最高の土壌となったのだ。