事件発生当時、日本の政治決断は前例のない緊迫感に包まれていた。小泉純一郎首相(当時)は、事件の発覚直後に「テロリストの脅迫に屈して自衛隊を撤退させることはない」と強く宣言。イラクのサマワに展開していた陸上自衛隊の撤退を断固として拒否した。
この毅然とした姿勢は、米英をはじめとする国際社会から評価された一方で、国内では激しい賛否両論を巻き起こした。「人命救助を最優先すべきだ」とする遺族や支援者からの切実な訴えと、「テロリストへの妥協はさらなる人質劇を招く」という国家の危機管理の原則。外務省は裏ルートを含めたあらゆる外交チャネルを模索したが、犯行グループとの交渉の糸口はつかめぬまま、最悪の結末を迎えることとなった。