付き人から正式メンバーへと昇格する過程で、リーダーのいかりや長介氏と、既に若手スターとして絶大な人気を誇っていた加藤茶氏は、志村さんの異能をいち早く見抜いていた。加藤茶氏は後に、「志村は付き人の頃からどこか尖っていて、センスがズバ抜けていた」と回想している。髪を伸ばし、一見するとお笑い芸人らしからぬビジュアルを保っていた裏で、志村さんは先輩たちのコントをノートに細かく記録し、間の取り方や客の反応を狂気的なまでに分析していた。
いかりや長介氏もまた、彼の不敵な佇まいと笑いに対する異常なまでの情熱を評価していた。1974年に正式メンバーとして加入した際、志村さんは長かった髪を徐々に整え、お茶の間に親しまれるキャラクターへと変化していく。しかし、あの長髪時代に培われた反骨精神と鋭利な感性こそが、後の「東村山音頭」や「ヒゲダンス」という爆発的ムーブメントを生み出すエネルギー源となったことは間違いない。