なぜ本来は草食傾向の強いツキノワグマが、人間を襲って捕食するに至るのか。専門家や野生動物研究機関の分析により、生態系レベルで進行する「肉食化」と行動パターンの変容という凶暴化の決定的な理由が浮き彫りになっています。
第一の要因は、全国的なニホンジカやイノシシの生息数爆発に伴う死肉(キャリオン)摂食機会の劇的な増加です。有害鳥獣駆除によって山中に残された残渣や、冬を越せずに自然死したシカの死骸を食べることで、ツキノワグマは大型哺乳類の肉が持つ高カロリー・高タンパクな栄養価を強く学習しています。かつてはアリやハチの幼虫、サワガニ程度に限られていた動物性タンパク質の摂取源が、大型獣の肉へとシフトした結果、獲物を狩る・肉を貪るハードルが生物学的に著しく低下しました。
第二の要因は、「人間に対する恐怖心の喪失」と「物理的無力さの学習」です。過疎化と高齢化によって里山と奥山を隔てる緩衝地帯(草刈りや耕作放棄地管理がなされていたエリア)が消滅し、クマが人間の居住圏へ容易に侵入できるようになりました。その過程で出会う人間の大半が、武器を持たず足腰の衰えた高齢の山菜採り客です。一度でも人間を容易に倒せる対象、さらには栄養価の高い食料源として認識した個体は、人間を天敵ではなく「狩りやすい弱小な獲物」としてインプットします。
さらに、春先のタケノコや秋の堅果類(ブナ・ミズナラ)の大凶作が重なることで、クマの行動圏は急拡大します。栄養要求が極限に達した時期に遭遇した人間が、偶発的な事故の枠を超え、捕食対象へと変換されるトリガーが引かれるのです。