親戚関係の噂が根強く残ったもう一つの要因は、雅子さまの父親である小和田恆(おわだ・ひさし)氏の存在感です。世間の一部では「小和田恆氏と小和田哲男氏は実の兄弟、あるいは従兄弟同士ではないか」という憶測が流布した時期がありました。
小和田恆氏は1932(昭和7)年、新潟県新発田市生まれ。東京大学教養学部を卒業後、外務省に入省しました。条約局長、外務事務次官、国連大使といった外交官の最高峰を歴任し、退官後はオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)所長を務めるなど、国際法秩序の確立に生涯を捧げた世界的知性です。
一方の小和田哲男氏は1944(昭和19)年生まれであり、恆氏とは12歳の年齢差があります。哲男氏は早稲田大学大学院文学研究科博士課程を修了後、静岡大学教育学部に着任。古文書を緻密に読み解く史料批判と城郭遺構の実地踏査を融合させ、戦国大名今川氏の研究や近世城郭の軍事史研究で数々の金字塔を打ち立てました。NHK大河ドラマでは『武田信玄』『毛利元就』『功名が辻』『おんな城主 直虎』『麒麟がくる』『どうする家康』などで時代考証を担い、お茶の間にもその顔と名前が広く浸透しています。
一方は国際司法・外交界の最高権威、もう一方は日本近世史・大河ドラマ考証の最高権威。ともに各界の頂点で輝かしい業績を残した人物であり、知的で重厚なオーラが共通していたことから、一般大衆の深層心理において「同じ一族に違いない」という錯覚が定着しやすかったと言えます。