警察の強制捜査により戸塚をはじめとする指導員らは逮捕され、司法の舞台へと引きずり出された。初公判が開かれた名古屋地方裁判所では、検察側と弁護側による激しい火花が散った。争点は明白だった。一連の行為は「正当な教育活動(懲戒権の行使)」なのか、それとも「単なる集団暴行」なのか。
裁判は極めて異例の長期審理となった。戸塚側は法廷でも一貫して自らの指導の正当性を主張し、「体罰は教育の最高峰である」と言い放って罪を認めなかった。最終的に最高裁判所まで争われた末、戸塚には懲役6年の実刑判決が下り、刑期を満了することになる。
この長期裁判が浮き彫りにしたのは、民間が運営する矯正教育・更生施設に対する法的規制と監視の脆弱さである。公教育からこぼれ落ちた少年少女を受け止める公的な受け皿が不足していたがゆえに、密室空間における逸脱した支配が長期間にわたって見過ごされてしまった。