日本における身体加飾の起源は古く、縄文時代の土偶に刻まれた文様や『魏志倭人伝』の記述から、邪気払い・身分標識としての風習が存在していたことが知られています。アイヌ民族の女性が口元や手に施した「シヌイェ」や、南西諸島の女性に見られた「針突(ハジチ)」など、地域固有の通過儀礼としての文様文化も存在していました。 しかし、日本社会において入れ墨に決定的なネガティブイメージを植え付けたのは、江戸時代中期に制度化された「入墨刑(いれずみけい)」という罪人への刑罰です。額や腕に特定の文様や文字を彫り込むことで前科を可視化し、社会的な排斥を促す制度でした。 一方で、江戸時代後期(化政文化期)には『水滸伝』の流行や浮世絵の隆盛に伴い、鳶職や飛脚、町火消しの男たちが自らの気風や粋を示す「彫り物」として爆発的なブームを巻き起こしました。明治維新後は近代化に伴い「違式詿違条例」によって彫刻行為が全面禁止され、昭和の任侠映画のイメージも重なったことで、日本では「入れ墨=反社会的勢力」という強固なタブーが定着しました。
【法的転換点】タトゥーは医療行為か?2020年最高裁判決の意義
長年グレーゾーンに置かれていた日本のタトゥー業界に大きな転換が訪れたのが、2020年9月の最高裁判所第2小法廷判決です。 医師免許を持たずにタトゥー施術を行った彫り師が医師法違反(第17条:無資格医業の禁止)に問われた裁判で、最高裁は「タトゥー施術は医療を目的とする行為ではなく、美術的な装飾や象徴としての表現行為である」と認定し、無罪判決を確定させました。この判例により、「医師免許がなければタトゥーを彫ってはならない」という法解釈は正式に退けられ、タトゥーは憲法が保障する表現の自由や職業選択の自由に関わる「芸術・装飾行為」として法的に位置づけられました。