なぜ絶頂期のトップアイドルが全裸ヌードを撮影することになったのか。そのヌード写真集 経緯には、母・宮沢光子さん(通称・りえママ)の類まれなプロデュース意識と、写真家・篠山紀信氏の存在がありました。
後年の篠山氏の手記やインタビューによると、アメリカ・ニューメキシコ州サンタフェへのロケ当初、宮沢りえ本人にはヌード撮影の予定は知らされていませんでした。現地入りした初日の夜、光子さんが篠山氏の部屋を訪れ、「紀信さん、りえの綺麗な身体を写真に残してやってほしい」と直訴したといいます。
翌日、撮影現場で母から「脱ぎなさい。今の一番美しい身体を脱がないでいつ脱ぐの」と告げられた宮沢りえは、当初驚きと戸惑いを見せました。しかし、篠山氏の巧みな空気作りと母の強烈な後押しを受け、カメラの前に立ちました。結果として撮影されたフィルムには、不自然な卑猥さを排除した、乾いた光と土壁に映える純粋な肉体美が刻まれることになりました。
りえママ 真相として語られるのは、単なる金銭欲ではなく、「娘の最も輝く瞬間を最高峰の芸術家とともに永遠に残す」という徹底した美学と上昇志向でした。ステージママとしての光子さんの存在は毀誉褒貶を呼びましたが、彼女のプロデュース力が時代のアイコンを作り出したことも紛れもない事実です。