ネット上の言説では「安倍元首相が妥協しすぎたから失敗した」あるいは「プーチン大統領が最初から騙すつもりだった」という単純化された言説が散見されます。しかし、外交の現場で実際に最大の障壁となったのは、日米安全保障条約の存在という冷徹な構造的問題でした。
ロシア安全保障会議の幹部やプーチン氏自身が繰り返し指摘していたのは、「もし歯舞・色丹を引き渡した場合、日米安保条約第5条に基づき、米軍施設や監視拠点がそこに設置されないと誰が保証できるのか」という点でした。オホーツク海はロシアにとって、核抑止力を担う戦略原子力潜水艦が身を潜める聖域です。北方四島はその出入口を扼する軍事上の要衝であり、日本側が米軍の展開を法的に拒絶できない以上、ロシア軍部にとって島を手放す選択肢は最初から存在し得なかったのです。
【プロの結論】対ロシア外交から現代日本の外交戦略が学ぶべき教訓
外交社会学および国際政治の観点からこの27回の会談を総括すると、パーソナル・リレーションシップ(首脳間の個人的信頼)への過度な依存が孕む脆弱性が浮き彫りになります。心理的バウンダリー(境界線)を飛び越えて親密さを演出しても、専制体制国家の指導者は最終的に自国の主権保全と地政学的利害を冷酷に優先します。「相手の善意や首脳同士の友情で歴史問題が解決する」という過度の期待を抱く首脳外交は、相手国の構造的な安保動機を見誤るリスクを常に伴うという教訓を、私たちは深く銘記すべきです。