寺山修司とアングラ演劇の衝撃!天井桟敷が遺した熱狂の真相

寺山修司とアングラ演劇の衝撃!天井桟敷が遺した熱狂の真相

寺山修司とアングラ演劇の衝撃!天井桟敷が遺した熱狂の真相の注目されている理由を丁寧にまとめました。全体像を一目で把握できます。

1960年代から70年代のアングラ演劇界において、「天井桟敷」の寺山修司としばしば対比されたのが、「状況劇場(紅テント)」を率いた唐十郎です。両者は日本の実験演劇史を牽引した双璧でありながら、その演劇哲学とアプローチは極めて対照的でした。

客観的な劇団データと表現手法の違いをまとめた以下の比較表から、アングラカルチャー黄金期の構造が見えてきます。

比較項目寺山修司(演劇実験室◎天井桟敷)唐十郎(状況劇場/紅テント)編集部の分析・位置づけ主宰・活動期間1967年〜1983年(寺山没時に解散)1963年〜1988年(状況劇場解散後も継続)同時代を競い合ったアングラ演劇の二大巨頭空間と舞台の概念都市空間全体、暗闇、市街劇(空間の解体)神社の境内、移動式紅テント(特権的空間の構築)「街を虚構化する寺山」対「異界を仮設する唐」表現のコア(武器)詩的言語、美術、音楽(J・A・シーザー)、映像役者の生理的肉体、アジテーション、土着の情念コンセプト・総合芸術志向 vs 身体性・俳優至上主義主要メンバー・美術横尾忠則、宇野亜喜良、九條今日子、新高恵子李麗仙、根津甚八、小林薫、佐野史郎グラフィックや先鋭的音楽と融合した天井桟敷

唐十郎が「特権的肉体論」を掲げ、泥臭く躍動する役者の肉体によって仮設のテント内に独自の小宇宙を現出させたのに対し、寺山修司は「言葉・イメージ・メディア」を重層的に配置する総合プロデューサーとしての側面を強く持っていました。1969年には新宿花園神社での公演をめぐり両劇団の間で乱闘事件(いわゆる天井桟敷・状況劇団抗争)が発生するなど、両者のライバル関係は当時のカルチャーシーンの熱狂を象徴する出来事となりました。

中島 亮太
著者

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。