ブヨ被害に遭った人々を最も深く悩ませるのが、「刺されてから半年や1年が経過したにもかかわらず、硬いしこりが残り続け、時折ぶり返すように痒くなる」という慢性化の現象です。なぜ蚊の刺し傷は数日で跡形もなく消えるのに対し、ブヨの痕は頑固なしこりとなって居座り続けるのでしょうか。
その医学的根拠は、ブヨの毒素が引き起こすIV型過敏反応(遅延型アレルギー反応)と、組織修復の暴走にあります。ブヨの唾液腺毒素は分子量が大きく抗原性が極めて高いため、体内に入ると免疫細胞であるTリンパ球やマクロファージが患部に持続的に動員されます。このアレルギー反応は即座に収束せず、真皮深層から皮下組織にかけて慢性的な肉芽腫性炎症を形成し続けます。
さらに決定的な要因となるのが、初期の激しい掻痒感に耐えかねて皮膚を強く掻破(そうは)してしまうことです。爪で患部を激しく引っ掻くと、表皮の基底膜が破壊され、炎症性サイトカインが過剰に放出されます。これに反応した真皮の線維芽細胞がコラーゲン線維を過剰に産生し、結果として組織が線維化して硬化します。この状態が慢性化した病態が「結節性痒疹(けっせつせいようしん)」です。
結節性痒疹へと移行してしまうと、硬いドーム状の褐色結節が皮膚に定着し、温浴やストレスを契機に知覚神経が刺激されて何カ月も猛烈なかゆみが再燃する負のスパイラルに陥ります。また、破壊されたメラノサイトから真皮内へメラニン色素が滴下・沈着する「炎症後色素沈着(PIH)」が合流することで、赤黒くくすんだシミのような傷跡が長期にわたって固定化してしまうのです。これを防ぐためには、発症初期にいかに炎症の火消しを行い、掻破行動を完全に遮断できるかが運命の分かれ道となります。