映画やアニメ、ゲームなどの影響によって、ジャンヌ・ダルクの実像には多くのフィクションや誤解が混ざり合っています。一次史料に基づき、特に誤解されやすい3つの盲点を正します。
1. 自ら剣を振るって敵兵を斬り殺していたわけではない
創作物では「剣を振るって敵陣に斬り込む女戦士」として描かれがちですが、ルーアンの裁判記録でジャンヌ自身が「人を殺めたことは一度もありません」と明言しています。彼女が戦場で常に手にしていたのは剣ではなく、「イエス・マリア」と記された白地に百合の紋章の軍旗でした。旗手として先頭に立ち、兵士を鼓舞し、矢を射掛けられて負傷しながらも退却を拒むことで味方の士気を極限まで高めたのが彼女の真の戦い方です。
2. 単なる狂信者ではなく、極めて合理的で機敏な戦術眼を持っていた
同時代に彼女と共に戦ったフランス軍司令官ジャン・ド・デュノワ(オルレアンの私生児)やアランソン公爵の手記によると、ジャンヌは「砲兵の配置や補給路の確保、軍事行動の迅速な展開において、百戦錬磨の老将軍のように見事であった」と証言されています。中世の騎士道精神にとらわれず、電撃的な集中攻撃を仕掛ける実践的なリアリズムを備えていました。
3. 死後すぐに聖女として崇められたわけではない
ジャンヌが処刑された直後、フランス王室は彼女の存在を歴史から半ば封印しようとしました。1456年の復権裁判も、ジャンヌ個人のためというより「シャルル7世が魔女の助けで即位したという汚名を雪ぐため」の政治的措置でした。彼女が正式にカトリック教会の「聖人(聖女)」として認定されたのは、処刑から約500年後の1920年のことです。第一次世界大戦の国難を乗り越えたフランスのナショナリズムと、教会側の関係改善の象徴としてようやく列聖されたのです。