天和3年3月29日(1683年4月25日)、お七に対する刑が執行されました。罪人を乗せた馬を先頭に、罪状を書いた捨札を掲げて江戸の町を練り歩く市中引き回しが行われます。
引き回しの最中、お七は死装束ではなく、鮮やかな友禅の振袖を身にまとっていたと伝えられます。その可憐な姿を見た江戸の民衆は、「あの年端もいかぬ美しい娘が、なぜ火あぶりにされねばならないのか」と深く同情し、涙を流しました。
刑場となったのは、東海道の入り口に位置する品川・鈴ヶ森刑場です。丸太に縛り付けられ、足元に薪を積まれたお七は、念仏を唱えながら炎に包まれ、わずか16年の短い生涯を閉じました。