結論から申し上げますと、桃を冷蔵庫に入れてしまった場合でも、冷やしていた時間と桃の熟度によってリカバリーの成否は明確に分かれます。数時間から半日程度であれば致命的なダメージには至りませんが、数日間にわたって冷蔵室(約3〜5℃)の冷気に晒されていた場合、生食のままで本来のジューシーな甘さを取り戻すのは極めて困難になります。
なぜ、高級な桃であっても冷やすだけで「味がしない」「ガリガリしてまずい」と感じてしまうのでしょうか。これには果実の生化学と、人間の味覚感知メカニズムという2つの側面から明確な理由が存在します。
第一に、桃に含まれる主たる甘味成分はショ糖(スクロース)です。果物に含まれる糖分には果糖(フルクトース)とショ糖がありますが、果糖が冷やすことで甘味度を増す(α型からβ型へ変化する)のに対し、ショ糖は温度によって甘味度がほとんど変化しません。それどころか、人間の舌に存在する味覚受容体(TRPM5チャネル)は、食品の温度が15〜35℃の範囲にあるときに最も強く甘味を脳へ伝達します。5℃以下にキンキンに冷えた桃を口に運ぶと、舌の神経が麻痺した状態になり、実際には糖度13度以上の甘い桃であっても「水っぽくて無味」に感じられてしまうのです。
第二に、桃最大の魅力である芳醇な香気成分(ラクトン類など)は、低温下ではほとんど揮発しません。嗅覚からの情報が遮断されることで、脳は果実の芳醇さを認識できなくなります。さらに長時間の冷蔵によって果肉の細胞壁が破壊される「低温障害」が発生すると、果肉がスポンジのようにスカスカになる「ウール化(粉質化)」が起き、果汁そのものが失われてしまいます。