拘束からわずか3日後の1989年12月25日、軍基地内の仮設法廷で夫妻に対する特別軍事法廷が開かれました。罪状は国家経済の破壊、大量虐殺(約6万人とされたが後に誇張と判明)、職権乱用などです。裁判の席でもエレナは反省の色を一切見せず、裁判官に対して「お前たちのような者に裁かれる筋合いはない」「私はこの国の母だ」と傲慢な態度を崩しませんでした。
死刑判決が下されると、即座に両手を後ろ手に縛り上げられました。取り乱し激しく抵抗するエレナは、執行を担当する兵士たちに向かって「お前たちを母親のように育ててやったのに、恥を知りなさい!」「この恩知らずども!」と激しい罵詈雑言を浴びせ続けました。これが彼女の最期の言葉となりました。
基地の中庭の壁際に立たされた夫妻に対し、数十名の空挺部隊員が一斉に自動小銃の引き金を引きました。数百発の銃弾が撃ち込まれ、二人は蜂の巣となって即死。血まみれで横たわる遺体の映像は即座に世界中へ配信され、ルーマニア独裁の終焉を決定づける象徴的シーンとなりました。