華やかなスポットライトを浴びる平野紫耀ですが、その生い立ちは決して平坦なものではありませんでした。両親は彼がまだ物心つくかつかないかの幼少期に離婚。母親が女手一つで紫耀と2歳下の弟を育てる母子家庭の環境で育ちました。
幼少期は経済的にも決して裕福とは言えず、母親は昼夜を問わず働き詰めだったといいます。平野紫耀自身も幼少期に大病(川崎病)を患い、激しい運動を制限されるなど、母子ともに多くの困難と向き合ってきた過去があります。母親が過労で倒れて入院した際、幼い兄弟で病院へ付き添い、不安な夜を過ごしたというエピソードはファンの間でも涙を誘う有名なエピソードです。
こうした逆境の中で培われたのが、「早く自立して母親を楽にさせたい」「家族を絶対に幸せにする」という強い覚悟でした。彼が10代からエンターテインメントの世界に身を投じ、どんなに過酷なレッスンや仕事にも弱音を吐かずに挑み続けてきた背景には、母への計り知れない感謝と家族を守るという揺るぎない信念があったのです。