草薙の剣の呪いとは?実物を見た神官怪死の真相と皇室禁忌の歴史

草薙の剣の呪いとは?実物を見た神官怪死の真相と皇室禁忌の歴史

草薙の剣の呪いとは?実物を見た神官怪死の真相と皇室禁忌の歴史の具体的な内容に迫る! わかりやすい言葉でまとめました。

草薙の剣が帯びる凄まじい「武威」と「死の影」は、その出自である神話の成り立ちそのものに深く根ざしています。原初の名を天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)といい、須佐之男命(スサノオノミコト)が出雲国で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した際、その巨大な尾を切り裂いた太刀が欠けたことから発見されました。

怪物であるオロチの体内に宿り、雲気をまとっていたとされるこの剣は、誕生の瞬間から「異形の大妖怪の怨念と神力」を宿した呪具的側面を帯びていました。スサノオはこの剣を天照大御神(アマテラスオオミカミ)に献上し、やがて天孫降臨を経て地上へと降り立ちます。

その後、第12代景行天皇の皇子である日本武尊(ヤマトタケルノミコト)へと託されます。東征の途上、駿河の国で敵が放った野火に囲まれた際、ヤマトタケルはこの剣で草を薙ぎ払い、火打ち石で迎え火を起こして危機を脱しました。この奇跡から「草薙の剣」と呼ばれるようになったとされています。

しかし、この神剣の物語は英雄の悲劇で幕を閉じます。東征を終えたヤマトタケルは、尾張の宮簀媛(ミヤズヒメ)と契りを結んだ後、なぜか神剣を彼女の元へ置いたまま、丸腰で近江国の伊吹山の荒神を討伐に向かってしまいました。神の怒りを買ったヤマトタケルは氷雨の毒気に当てられ、意識朦朧となって下山し、故郷へ戻る途中の伊勢・能褒野(のぼの)で命を落とします。「神剣を身から離した瞬間、死に至る」という過酷な運命は、草薙の剣が人間に絶対的な覚悟を要求する神宝であることを強烈に印象付けています。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。