展覧会で『唐獅子図屏風』を一双(左右のペア)で眺めた際、左右で画面の空気感が微妙に異なっていることに気づく美術ファンは少なくありません。実は、右隻と左隻は制作された時代も描いた絵師も異なります。
向かって右側の「右隻」を描いたのは、戦国画壇の覇者・狩野永徳(1543〜1590年)です。二頭の唐獅子が大地を踏みしめ、威風堂々と前進する姿が、迷いのない強烈な筆致と濃密な彩色で描かれています。筋肉の隆起を表現する太い輪郭線、渦巻く毛並みの躍動感は、見る者に直接ぶつかってくるようなエネルギーを放ちます。
対して向かって左側の「左隻」は、永徳の曾孫にあたる江戸時代前期の幕府奥絵師・狩野常信(1636〜1713年)が、約100年後の17世紀末に描き足した補作です。左隻には三頭の唐獅子と滝、岩肌が描かれていますが、右隻の野生味あふれる剛直な線に比べると、筆致は極めて洗練されており、均整のとれた端正な美しさが際立ちます。江戸幕府の体制が安定した時代の、理知的で整えられた美意識が反映されている点が見事な対比を成しています。
なお、古くは「左隻を描いたのは永徳の高弟・狩野三楽ではないか」という説が広く流布していました。三楽もまた永徳のダイナミックな画風を受け継いだ重鎮であったため混同されがちでしたが、落款や筆法の科学的調査、幕府の記録照合により、現在は常信の筆であることが確定しています。異なる時代の天才絵師が世代を超えてひとつの大画面を完成させたという事実そのものが、狩野派という巨大画派の継承と進化を物語る極上のドラマです。