1988年に第1作が公開された『釣りバカ日誌』は、松竹の看板映画として瞬く間に大ヒットを記録しました。その成功を牽引した原動力の一つが、ハマちゃん、スーさん、そしてみち子さんが織りなす絶妙な人間関係です。特に石田えりが演じた初代みち子さんは、ただの従順な妻ではなく、奔放な夫を手玉に取りながらスーさんとも対等に渡り合う、知的で自立した現代的な女性像として絶大な支持を集めました。
しかし、1993年公開の『釣りバカ日誌6』および1994年の『スペシャル』を最後に、石田えりは突如としてシリーズを去ります。当時、スポーツ紙や週刊誌各社は「現場での激しい衝突」「共演NG」といった見出しを掲げ、三國連太郎と石田えりの確執の真相を巡る報道合戦が過熱しました。
当時の制作関係者や映画記者らの取材データを総合すると、二人の間に生じていたのは低俗な感情論の喧嘩ではなく、表現に対する哲学の決定的な違いでした。役を生きるために徹底したリアリズムとストイシズムを共演者にも求める三國連太郎と、自らの感性とリズムを重んじ、型にはめられることを拒んだ石田えり。日本映画界屈指の個性とプライドが、撮影現場という密室で火花を散らしたことが降板劇の起点となりました。