石原さとみが舞台『幕末純情伝』の主演に抜擢されたのは2008年8月のことでした。会場となったのは演劇の聖地・パルコ劇場(PARCO劇場)。当時の彼女は21歳。NHK連続テレビ小説『てるてる家族』のヒロインをはじめ、テレビドラマで清純派・優等生としてのパブリックイメージを確立していた時期にあたります。
しかし、劇作家・演出家のつかこうへいが創り出す世界は、甘美な商業演劇とは対極に位置するものでした。台本を持たせず、演出家がその場でセリフを叫んで役者に復唱させる「口立て」と呼ばれる伝説的な演出手法、俳優の喉が潰れるほどの絶叫、そして人間のドロドロとした情念や差別・偏見をあぶり出す過激なセリフ群。稽古場は連日、極限の緊張感に包まれていたと関係者は証言しています。
報道各社の取材や当時のインタビューにおいて、石原さとみ自身も「稽古初日から過呼吸になるほどの衝撃を受けた」と振り返っています。演出家から投げつけられる容赦ない言葉の刃を受け止め、あざだらけになりながら刀を振り回す日々。彼女はこの舞台で、それまで自身を縛っていた「優等生・石原さとみ」という殻を完全に破壊することを決意したのです。