慶雲館の創業は、飛鳥時代の西暦705年(慶雲2年)。藤原鎌足の長男である定恵(じょうえ)が諸国を巡歴中、早川の渓谷で自噴する温泉を発見したことが始まりと伝えられています。2011年には、ギネスワールドレコーズ社によって「世界で最も歴史の長い宿(Oldest hotel in the world)」として正式に認定され、名実ともに世界遺産級の宿泊施設として国際的な脚光を浴びました。
戦国時代には甲斐の虎・武田信玄が川中島の合戦で傷ついた将兵の湯治場として重用し、江戸時代には徳川家康も逗留したと記録に残されています。交通機関が発達していない時代、険しい山道を数日かけて歩いてでも訪れる価値があるとされた理由は、その圧倒的な泉質にありました。
単なる「古さ」だけで1300年は生き残れません。慶雲館が歴史を維持できた背景には、代々の経営陣が貫いてきた「湯守(ゆもり)の精神」と果敢な設備革新が存在します。自然湧出の源泉を守りつつ、平成期には深度888メートルに及ぶ大規模掘削に成功。毎分1,630リットル超の新たな高温泉を自噴させたことで、既存源泉と合わせ毎分2,030リットルという桁外れの湯量を確保しました。伝統を守るために時代に応じた投資を厭わない姿勢こそが、千三百年の命脈を保ち続ける決定的な理由です。