確執の溝が決定的に埋まらなくなった痛恨の出来事が、2004年8月17日に訪れます。ドラマーとしてファンやメンバーから「クロベエ」の愛称で親しまれた徳永善也 死因 クロベエの真相は、舌がん(側縁部扁平上皮がん)でした。享年40というあまりにも若すぎる別れでした。
誰からも好かれ、メンバー間の緩衝材でもあったクロベエの死は、本来であれば残された6人が手を取り合い、過去のわだかまりを水に流す契機になり得たはずでした。しかし、現実はあまりにも残酷な結末を辿ります。徳永氏の通夜および「送る会」の発起人に名を連ねたのは、リーダーの武内享、藤井フミヤ、藤井尚之、大土井裕二の4名でした。高杢禎彦と鶴久政治の名前は発起人から外されていたのです。
この事態に対し、高杢側が記者会見を開き、排除された無念や不満を涙ながらに訴えたことで、ワイドショーを巻き込んだ大騒動へと発展しました。一方の発起人側は「故人の生前の意思や親族の意向を尊重した結果」と説明しましたが、葬儀の場すらも分断の舞台となってしまった事実は、メンバー間の確執がもはや次元の異なるレベルに達していることを天下に知らしめる結果となりました。親友の棺の前ですら和解できなかったという現実は、チェッカーズの歴史に重く暗い影を落とすことになります。