2005年11月に誕生した長男を巡り、2006年秋の別居報道から約1年半にわたって繰り広げられた離婚協議は、芸能マスコミにおいて「梨園の跡取り争奪戦」として大々的に報じられました。当時、獅童さんの母であり、萬屋を取り仕切る重鎮であった故・小川陽子さんは、初孫である男児の歌舞伎界入りを強く望んでいたと伝えられています。伝統芸能の世界において、直系の男児が誕生することは家門の存続を意味する慶事であり、手放すことは極めて異例の事態だったからです。
しかし、調停を重ねる中で双方が到達したのは、争いを泥沼化させることではなく、「親権は母親である竹内結子さんが持ち、父親である中村獅童さんは養育費の支払いや定期的な面会を通じて成長を見守る」という現実的な合意でした。獅童さんは当時の会見などで父親としての至らなさを率直に認め、竹内さんの母親としての覚悟を受け入れる姿勢を示しました。
世間では一時、「跡継ぎを奪われた」「父子の縁が切れたのではないか」といったセンセーショナルな噂も飛び交いましたが、事実は大きく異なります。獅童さんは折に触れて長男の健やかな成長を案じ続け、竹内さんもまた、父親としての存在を否定することなく、適切な距離感で面会の機会を設けていたと報じられています。双方が選んだのは、形式的な「家名の存続」ではなく、ひとりの少年の人生を傷つけないための成熟した大人の選択でした。