西小泉駅の改札を出ると、周囲に広がる風景は一般的な北関東の住宅街とは一線を画しています。スーパーマーケットやレストランの看板にはポルトガル語が躍り、すれ違う人々からは柔らかな響きのポルトガル語が聞こえてきます。この地に独自のブラジル文化が根付いた歴史を紐解くと、日本の産業構造と出入国管理政策の大きな転換点に行き当たります。
大泉町は、古くから中島飛行機の小泉製作所をルーツに持つ「ものづくりの町」です。戦後はSUBARU(旧富士重工業)の大泉工場やパナソニック(旧三洋電機)の事業所をはじめとする大手メーカーや関連部品企業が集中し、北関東屈指の工業集積地として発展してきました。しかし、1980年代後半のバブル経済期、深刻な人手不足に直面した地域産業は、新たな労働力を強く求めていました。
決定打となったのが、1990年の出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正です。日系2世・3世とその配偶者に対して「定住者」など就業制限のない在留資格が付与されたことで、ブラジルやペルーから多く日系人が来日しました。大手企業の強固な求人と受入体制が整っていた大泉町には、単身赴任のみならず家族ぐるみでの移住が急増し、自治体人口の約20%を外国籍住民が占める日本屈指の多文化共生都市が形成されたのです。