ハクの劇中における最大の転換点は、千尋によって自らの失われた本名が「ニギハヤミコハクヌシ(饒速水琥珀主)」であると思い出す場面です。この響きに満ちた名は、日本神話に登場する太陽神・天照大御神の孫であり、神武天皇以前の大和を治めていたとされる物部氏の祖神「饒速日命(ニギハヤヒノミコト)」に由来していると考えられています。「コハクヌシ(琥珀主)」とはすなわち、千尋がかつて幼少期に落ちた清流「コハク川」を司る水神そのものです。
しかし、なぜ神であるハクが湯婆婆の支配する湯屋「油屋」へ足を踏み入れ、魔法を学ぶ弟子へと身を落としたのでしょうか。その背景には、人間社会における過度な開発という痛烈な現実が存在します。ハクが自ら語った通り、コハク川はマンション建設によって完全に埋め立てられ、暗渠化されて消滅してしまいました。帰るべき肉体(川)と住処を暴力的に奪われた水神は、霊的な放浪者となり、己の力を保つため、あるいは生き延びる術を求めて油屋へと流れ着いたという悲劇的な経緯を背負っています。