世界的な大ヒットとなった「アイム・カミング・アウト」の構想は、1979年のニューヨークにあった伝説的なトランスジェンダー/ゲイクラブ「GG's バーナム・ルーム(GG's Barnum Room)」のフロアで生まれました。当時、ポップ界のスーパーグループ「シック(CHIC)」を率いて時代の頂点に立っていたナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズは、モータウンの女王ダイアナ・ロスから次作アルバムの全面プロデュースを直々に依頼されていました。
どのようなアプローチで彼女の新たな魅力を引き出すべきか思索していたナイル・ロジャースは、ある夜、クラブの洗面所に入った瞬間に息を呑みました。鏡の前に並んでいたのは、グラマラスなドレスと完璧なメイクに身を包んだ3人のドラァグクイーンだったのです。しかも、その全員がダイアナ・ロスの容姿や仕草を驚くほど精巧に真似ていました。
その瞬間、ナイル・ロジャースの脳裏に稲妻が走りました。ダイアナ・ロスという存在は、単なるトップシンガーにとどまらず、アンダーグラウンドで生きるゲイコミュニティにとっての絶対的な守護聖人であり、誇りの象徴だったのです。彼はすぐさまフロアを飛び出し、公衆電話から相棒のバーナード・エドワーズに連絡を入れました。「ダイアナのための最高のコンセプトを思いついた。『アイム・カミング・アウト』という曲を書くぞ」と伝えたエピソードは、のちにナイル自身の回想録や音楽特番のインタビューでも鮮烈に語られています。