東大助教授時代の舛添要一氏は、まさに知の俊英だった。福岡県八幡市(現・北九州市)に生まれ、東京大学法学部を卒業。そのまま同大学院へ進み、東京大学教養学部の助教授に就任した。彼の研究対象は欧州外交史や国際政治学。とりわけフランス政治やヨーロッパ統合問題における鋭い分析は、学会内でも高い評価を受けていた。
若き日の彼は、パリ大学やジュネーブ高等国際問題研究所に留学し、多角的な視野と語学力を磨いた。フランス語、英語、ドイツ語を自在に操り、海外の有識者と真っ向から議論を戦わせる姿は、当時の日本外交・政治学界においても極めて異彩を放っていたのだ。研究室に籠もるだけの学者にとどまらず、国際情勢の現場へと果敢に飛び出していくスタイルこそが、後の大衆的人気の原点となった。
当時を知る関係者は語る。「とにかく頭の回転が速く、議論で絶対に引かない。若くして教授陣にも一目置かれる存在だった」。学者としての揺るぎない地盤があったからこそ、その後のテレビ界進出でも確固たる説得力を持つことができたのだ。