なぜ西行は、自らの死期をこれほど正確に言い当てることができたのでしょうか。歴史学・医学的な視点からも複数の真相が指摘されています。
第1に、持病や体調の変化を自覚し、死期を悟っていた点です。70歳を超えていた西行は、晩年に弘川寺に入った時点で体力の限界を自覚していました。春の訪れとともに自身の寿命が尽きつつあることを冷静に見極めていたと考えられます。
第2に、当時の高僧に見られた「自発的な臨終調整(入定・断食)」の可能性です。平安から中世の僧侶の間では、望ましい往生の瞬間を迎えるために、飲食を徐々に断ち、瞑想に入りながら精神を研ぎ澄ませて息を引き取る習俗が存在しました。西行もまた、釈迦の命日に合わせて強い意志で心身をコントロールし、祈りの中で眠るように命を閉じたという見解が有力視されています。
単なるオカルト的な予言ではなく、研ぎ澄まされた信仰心と自己規律によって「自らの死を芸術的・宗教的な完成へと導いた」というのが、現代における死の真相のリアリズムです。