本作の推進力となっているのは、間違いなく役者陣による妥協なき演技の応酬です。特に長男・小鉄を演じた草彅剛の「クズ男」としての佇まいは、従来のイメージを完全に覆す怪演として批評家筋からも絶賛を浴びました。見栄っ張りで、小心者で、自分の非を絶対に認めず、すぐ他人に責任転嫁する。しかしその根底には「長男として両親に認められたかった」という哀しい劣等感がへばりついている。草彅は、単なる悪人ではなく「誰もが心の中に飼っている情けなさ」を、滑稽かつ凄惨な生々しさで体現しました。
小鉄の手綱を握りながら、愛憎の限界線で踏みとどまる妻・美代子役の尾野真千子の演技も圧巻です。自暴自棄になる夫を見下しながらも、決して見捨てきれない共依存の歪みを、視線の鋭さとふとした瞬間の脱力感で見事に演じ分けました。夫婦喧嘩のシーンで見せる感情の爆発と生活感のリアリティは、密室劇の質感を一段上のステージへと引き上げています。
さらに長女・麗奈を演じたMEGUMIの存在感は、本作の大きな収穫として語り継がれています。長男に激しく罵声を浴びせ、遺産の取り分を力ずくで主張する強烈なキャラクターを、下品さに堕ちることなくエネルギッシュに体現。後に数々の映画賞で助演女優賞を獲得していくMEGUMIの本格派俳優としての確固たる足がかりが、すでにこの現場で完成されていたことが窺えます。そして三男・千尋を演じた中村倫也の変幻自在なアプローチも見逃せません。騒動をスマホで生配信し、ネットの反応を見て薄笑いを浮かべる冷笑的な若者が、家族の真実に触れて涙を流すまでのグラデーションを、極めて抑制の効いた知的なアプローチで表現し、作品の現代性を担保しました。