大村純一郎氏と父親・大村崑の関係は、平坦なものばかりではありませんでした。昭和の超多忙なスター俳優を父に持った子どもが必ず直面する「家庭に父親がいない寂しさ」と「学校や世間での好奇の視線」に、純一郎氏もまた深く悩まされた時期がありました。
大村崑自身、過去の自著やロングインタビューにおいて、仕事に明け暮れるあまり息子たちの参観日や学校行事にほとんど顔を出せなかった後悔を吐露したことがあります。学校で「オロナミンCの息子」「頓馬天狗の子」とからかわれたり、特別扱いされたりするたび、純一郎氏は自らのアイデンティティを確立するために苦悩したといいます。
しかし、そのわだかまりを氷解させたのが、大人になって同じ「テレビ」という共通の戦場に立ったことでした。純一郎氏が一人前の演出家となり、現場で大村崑をゲストや演者として起用する機会が訪れた際、二人は「父と子」ではなく「演出家と役者」として対峙しました。息子のプロとしての指示出しや現場統率力を目の当たりにした大村崑は、父親としての顔を崩し、一人の表現者として息子を深く認めたとされています。幼少期の溝は、仕事を通じた相互理解によって強い絆へと昇華されたのです。