映画などで描かれるダークな世界観からは想像しにくいですが、九龍城砦は多くの子どもたちが育つ「子育ての街」でもありました。九龍城子どもの日常と学校に焦点を当てると、過酷な環境を遊び場に変えてしまう人々の驚異的な生命力が浮かび上がってきます。
地上付近の路地は、増築を繰り返したビルの隙間から日光が一切届かず、昼間でも蛍光灯が灯る薄暗い世界でした。そのため、子どもたちにとって唯一の太陽の光が降り注ぐ場所は、高層建築の「屋上」でした。
乱立するビルの屋上は、互いに隙間数メートルで密集していたため、子どもたちは手すりやアンテナの間を縫い、屋根から屋根へと跳び移りながら鬼ごっこや宿題をして過ごしていました。頭上をかすめる啓徳空港へ着陸直前の巨大なジャンボジェット機の爆音と風圧を間近に感じながら遊ぶ光景は、九龍城砦ならではの日常でした。
砦の内部には、キリスト教団体や地元救済組織「街坊福利会」が運営する幼稚園や私塾、託児スペースが存在していました。砦の外の正規の小中学校へ通う子どもたちも大勢おり、登下校時にはランドセルを背負った子どもたちが、暗い階段や通路を迷うことなく器用に駆け抜けていきました。元住民の子どもたちは「迷路のような空間は最高の秘密基地だった」と口を揃えて証言しています。