ホール缶の最大の武器は、じっくり煮込んだときに立ち上る芳醇な甘みとコクにある。その秘密は、果肉の内部に閉じ込められたゼリー部分と種にある。トマトのゼリー質には旨み成分であるグルタミン酸が豊富に含まれているが、生のままだと強いクエン酸(酸味)が主張する。しかし、ホールトマトを潰しながら弱火でじっくり加熱すると、水分が蒸発すると同時に酸味が飛んで旨みが濃縮され、天然の糖分が前面に出てくるのだ。
イタリア料理の基本であるシンプルなトマトソース「ポモドーロ」において、この化学変化は決定的な差を生む。長形種であるサンマルツァーノの厚い果肉が熱によってトロトロに溶け合い、オリーブオイルと乳化することで、角のないまろやかな甘みが完成する。手で粗くつぶして煮込むだけで、洋食店のディナーのような深い味わいが生まれるのは、この素材が持つポテンシャルゆえである。