この名曲のルーツを辿ると、太平洋に浮かぶ沖縄の島々へと行き着く。もともとは『与那国小唄』や『むらさき節』といった沖縄民謡として唄い継がれていたメロディだ。歌詞や節回しが島ごとに形を変えながら受け継がれていく中、沖縄民謡の巨匠である喜納昌永が新たな息吹を吹き込み、現代知られる形へと補作・整理したとされる。
男女の切ない恋心や人生の機微を詠んだ歌詞は、ときに優しく、ときに鋭く聴く者の胸を突く。もとはローカルな島唄であった旋律が、海を越えて日本本土へと伝わり、やがて国民的ヒット作へと化けていく道程は、昭和音楽史における奇跡的なドラマと言えるだろう。