現在でこそ「ジャパニーズ・ポップスの最高峰」として揺るぎない地位を築く山下達郎ですが、1980年代初頭の状況は極めてシビアな局面にありました。シュガー・ベイブ解散後のソロ活動において、音楽関係者や熱心なファンからの批評的評価は極めて高かったものの、レコードセールスという商業的な結果には結びついていなかったためです。
本人が自身のラジオ番組『サンデー・ソングブック』や過去の回顧インタビューで率直に明かしている通り、当時は「このアルバムが売れなければ、ソロアーティストとしての活動を断念し、裏方のプロデューサーや作曲家専業へ転向する」という覚悟で制作に臨んでいました。その背水の陣の中で持ち上がったのが、日立マクセル(Maxell)のカセットテープ「UD」のテレビCMタイアップでした。
CM出演のオファーを受けた山下達郎は、自ら海辺のロケ地(サイパン)へ赴き、画面に本人が登場することを条件に楽曲制作を承諾。当時としては珍しい「アーティスト本人の露出」と「疾走感あふれるサウンド」が見事に合致し、1980年5月1日に発売されたシングル『RIDE ON TIME』はオリコンチャート最高3位を記録する大ヒットとなりました。同年9月19日にリリースされた同名アルバムは、自身初となるオリコン週間LPチャート1位を獲得し、キャリア最大の転機となったのです。
この歴史的セッションを支えたのが、ドラムの青山純とベースの伊藤広規という、その後の達郎サウンドを半世紀にわたり支える最強のリズム隊でした。録音スタジオにおける張り詰めた緊張感と、若きミュージシャンたちの尋常ならざる熱量が、テープの溝に刻み込まれることとなったのです。