1953年春、一隻のタンカーが極秘裏に川崎港を離岸した。行先はペルシャ湾。当時、石油利権を国有化して英国の経済封鎖下に置かれていたイランを目指す航海だった。これが歴史に名高い「日章丸事件」の幕開けである。拿捕されれば国際紛争の引き金になりかねない極限状況下で、船長と乗組員たちは機雷原をすり抜け、英国海軍の哨戒網をかいくぐってアバダン港へと到達した。
この決断の背景には、石油エネルギー産業を独占する欧米メジャーズに対する怒りと、燃料供給を絶たれて困窮する敗戦国・日本の自立への切実な願いがあった。東京地方裁判所に持ち込まれた英国企業による差し押さえ請求の法廷で、彼らは国際法上の正当性を堂々と主張し、ついに仮処分申請を取り下げさせる完全勝利を収める。世界を震撼させたこの快挙は、中東諸国との直接取引の道を切り開き、日本のエネルギー安全保障に決定的な転換点をもたらした。