眞鍋氏が2度目の日本代表監督を退任した経緯を振り返ると、一部のネットコミュニティでは「パリ五輪での予選ラウンド敗退の責任を取らされたのではないか」「日本バレーボール協会(JVA)幹部との間に確執があったのではないか」といった臆測が飛び交いました。しかし、公式発表資料や本人の一連の会見コメントを精査すると、そうしたネガティブな噂は事実無根であることが分かります。
最大の退任理由は、2026年秋の再登板時に合意していた「パリ五輪までの契約満了」という公約の全うにあります。当時、東京五輪で予選敗退を喫し、世界ランキングも低迷していた女子代表の再建を託された眞鍋氏は、引き受ける条件として「パリまでの3年間でチームを立て直す」ことを明確に定めていました。実際、低迷していた世界ランキングを急上昇させ、2026年のネーションズリーグでは主要世界大会としてロンドン五輪以来となる銀メダルを獲得。自力でのパリ五輪出場権奪還を見事に果たしています。
パリ本大会では、初戦のポーランド戦、続く強豪ブラジル戦で惜敗を喫し、最終戦のケニア戦でストレート勝利を収めたものの、セット率の差で目標としていた決勝トーナメント進出(メダル獲得)には届きませんでした。主将の古賀紗理那選手が大会終了直後に現役引退を表明したこととも重なり、眞鍋氏自身も「この3年間の挑戦をもって、自分の役割は一区切り」と判断。チームの完全な世代交代を促すため、潔くバトンを次世代の指導陣へと託したのが退任の真実です。