富田林市を舞台に半世紀以上にわたり繰り広げられたPL花火大会。単なる一過性のイベント休止にとどまらず、事実上の幕引きへと至った背景には、3つの複合的な要因が絡み合っています。
1. 信者数の減少と教団財政の構造変化
「教祖祭PL花火芸術」は、そもそもパーフェクトリバティー教団の初代教祖・御木徳一氏と2代教祖・御木徳近氏の遺徳を偲び、世界平和を祈念する宗教儀礼の一環として開催されてきました。経費は自治体の税金や一般の協賛金ではなく、全国の信者からの献金(お初穂料)によって賄われていたのが最大の特徴です。しかし、昭和後期の最盛期を経て信者の高齢化と新規信徒の減少が加速。莫大な花火打ち上げ費用を支えていた財政基盤そのものが、年々急速にスリム化を余儀なくされていました。
2. 警備費用・安全対策費用の天文学的高騰
2001年の明石歩道橋事故以降、国内の大規模イベントにおける群衆警備基準は劇的に厳格化されました。最盛期に数十万人の観客が富田林市周辺へ殺到したPL花火大会では、近鉄長野線の輸送規制や周辺道路の完全封鎖、警察・警備員の大動員が必要不可欠でした。花火の火薬代そのものに加え、警備体制の維持にかかる民間警備委託費・安全管理コストが跳ね上がったことが、教団の運営限界を大きく押し広げました。
3. コロナ禍を契機とした「内向きの宗教行事」への原点回帰
2026年の感染症パンデミックは、開催見送りの直接の引き金となりました。しかし関係者の証言によると、この中断期間を通じて教団内部では「一般大衆向けの巨大スペクタクルとして披露し続けることが、本来の宗教行事の目的に合致しているのか」という抜本的な議論が進められたとされます。結果として、外部への大規模公開をやめ、信者のみによる静かな祈念行事へシフトする方針が決定的なものとなりました。