六根清浄とは?どっこいしょ語源の真相と心身を整える仏教の知恵

六根清浄とは?どっこいしょ語源の真相と心身を整える仏教の知恵

六根清浄とは?どっこいしょ語源の真相と心身を整える仏教の知恵について見逃せない ポイントを分かりやすく解説いたします。

山岳信仰において、六根清浄は単なる抽象概念ではなく、命がけの荒行を成し遂げるための実践的な叫びでした。その象徴が、富士山や木曽御嶽山などの霊峰で唱え継がれてきた「六根清浄、お山は晴天(ろっこんしょうじょう、おやまはせいてん)」という掛け声です。

白装束に身を包んだ講中(信者集団)が、金剛杖を突いて一歩一歩岩場を踏みしめながら、先達(リーダー)が「ろっこんしょうじょう!」と発声し、続く参拝者たちが「おやまはせいてん!」と応じる。このコール&レスポンスには、宗教的儀礼を超えた生理的・心理的な合理性が備わっていました。

第一に、高山病や酸欠を防ぐ規則正しい呼吸の維持です。急勾配の登山道で言葉をリズミカルに発声することは、自然と深い呼気(息を吐き出す動作)を促し、過換気や息切れを防ぐ効果を生み出します。身体の疲労が限界に達したとき、無心で唱える言葉のリズムが歩行の推進力となったのです。

第二に、「お山は晴天」という言霊による悪天候への祈念とメンタルコントロールです。山の天候急変は文字通り遭難や死を意味します。「空が晴れ渡るように」と祈る外面的な願い(晴天)と、「自分の心が迷いなく澄み切るように」と願う内面的な祈り(六根清浄)が対句となって結びついていました。なお、地域や講社によっては商業的繁栄を祈願して「お山は繁盛(はんじょう)」と唱えられるバリエーションも存在します。

険しい自然環境の中に身を置き、世俗の人間関係や雑多な欲望を断ち切って山頂を目指す行為そのものが、五感の垢を削ぎ落とす「六根清浄の儀式」そのものでした。登頂を果たした者に訪れるとされるのは、雲海の彼方から昇る御来光によって視覚(眼根)が浄化され、冷涼な霊気によって肉体(身根)が目覚める、圧倒的な心身の再生体験だったのです。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。