事件後、一部の歴史愛好家やネット論壇において「安重根は実行部隊に過ぎず、真犯人や黒幕が別にいたのではないか」という黒幕説の真相がしばしば取り沙汰されてきました。その根拠として挙げられるのが、事件現場で負傷した貴族院議員・室田義文の回顧談です。
室田は後年、伊藤の遺体に残された弾痕が「上から下へ斜めに撃ち込まれていた」と証言し、駅舎2階食堂や高い位置からの狙撃可能性を示唆しました。また、安重根が使用した小型のブローニング拳銃弾ではなく、フランス騎兵銃(カービン銃)などの強力な弾丸だったのではないかという説や、ロシアの秘密警察関与説、日本軍部陰謀説までが派生しました。
しかし、近年の公文書精査および当時の検察・法医学鑑定記録の再検証により、これらの異説は事実上否定されています。
- 法医学的検証:伊藤の体内から摘出された銃弾は、安重根が所持していたFN ブローニング M1900(32口径ACP弾)と完全に一致。弾頭には殺傷力を高めるための十字の刻み(ダムダム弾加工)が施されており、安重根の自供とも合致。
- 弾道の角度:伊藤が撃たれた瞬間、段差のあるプラットホーム上で身をかがめたり体をひねったりした姿勢の変化によって、水平方向からの発射であっても体勢上の下向き貫通が生じることが弾道学的に説明されている。
検察記録やロシア側捜査調書を照合しても、安重根単独(および逃走支援を行った共犯グループ数名)による犯行であることは動かしがたい事実です。