物語の発端は平成6年(1994年)夏、山形県天童市の山中で身元不明の白骨遺体が発見された事件に遡ります。遺体とともに埋められていたのは、世界にわずか7組しか現存しないとされる伝説の名匠・初代菊水月の手による最高級の将棋駒でした。定年を間近に控えたベテラン刑事・石破剛志と、若手刑事の佐野直達は、この唯一の手掛かりである「名駒」の所有遍歴を辿り、全国を奔走します。
捜査が進む中、将棋界では前代未聞の旋風が巻き起こっていました。奨励会の過酷な三段リーグを経ず、実業界のサラリーマンから異例のプロ編入を果たした若き異端の棋士・上条桂介が、時の絶対王者である壬生芳樹竜王に挑むタイトル戦「竜王戦」七番勝負を繰り広げていたのです。洗練された指し手と底知れぬ静けさを湛えた上条桂介の周囲には、眩いばかりの栄光が満ちていました。
しかし、捜査本部の追跡はやがて、白骨死体の埋没時期と、上条桂介の知られざる壮絶な過去を一本の線で結びつけていきます。長野県諏訪の極貧家庭で育った桂介は、ギャンブルに狂った実父・上条庸一から苛烈な児童虐待を受けていました。厳冬の諏訪で母を病と貧困で喪い、自らも死の淵に立たされていた桂介を救ったのは、元小学校教師・唐沢光一夫妻の無償の愛と、偶然出会った将棋盤だったのです。
唐沢夫妻の献身的な支えによって東京大学経済学部へ進学し、大手企業を経てITベンチャーを立ち上げた桂介。絵に描いたような成功への階段を登り始めた彼でしたが、運命の歯車は再び暗転します。会社の資金ショート、そしてかつて彼を地獄へ突き落とした実父・庸一の再来による執拗な脅迫でした。追い詰められた桂介の前に現れたのが、裏社会で巨額の金を動かす伝説の真剣師・東明重慶でした。