インターネット上の動画や掲示板では、「太極拳は腰を深く落として低く動くほど下半身が鍛えられ、上達が早い」という言説がまことしやかに語られています。しかし、これは初心者が最も警戒すべき重大な誤解です。
中国の国家武術代表クラスの演武選手は確かに驚異的な低重心で動きますが、それは強靭な股関節の可動域と腱の柔軟性があって初めて成立する超高等技術です。基礎筋力が整っていない初心者が真似をして腰を無理に沈めると、大腿四頭筋で体重を支えきれず、結果として膝関節が内側にねじれる「ニーイン(Knee-in)」を起こします。
現場の整形外科医やスポーツトレーナーからも、「健康のために始めた太極拳で半月板や膝靭帯を痛めて通院する中高年患者が絶えない」という指摘がなされています。正しい太極拳において最も優先されるべきは「架勢(フォームの高さ)」ではなく、「立身中正(骨盤を立てて背骨を垂直に保つこと)」です。
初心者の段階では、腰の高さは日常の歩行時よりわずかに膝を緩める程度(高架・こうか)で十分です。低さではなく、足裏全体が吸い付くように地面をとらえる感覚と、上半身の脱力(松・ソン)を体感することこそが、身体を壊さずに上達するための必須条件です。