箱枕の歴史を語る上で外せないのが、吉原をはじめとする遊郭の遊女たちの存在です。彼女たちにとって、髪型は自らの位と価値を示す看板そのものでした。
最高位の花魁(おいらん)ともなると、華麗な髷を結うために数キログラムにも及ぶ鼈甲のかんざしを挿し、大量の鬢付け油で完璧に固めていました。この髪型を結い直すには職人への高額な礼金と半日以上の拘束が必要だったため、最低でも週に1回程度しか結い直しができませんでした。
そのため、遊女たちはどんなに体が疲弊していても、首の下に高い箱枕を差し込み、緊張感を保ったまま仮眠を取るしかありませんでした。枕のクッション部分が擦れて首筋が赤く腫れ上がったり、頭皮が引っ張られて毛根を痛めたりすることも日常茶飯事でした。艶やかな美しさの裏には、箱枕によって強いられた過酷なプロ意識と苦痛が横たわっていたのです。