傷心とキャリアの再構築を経て、宮沢りえが35歳で初めて選んだ結婚相手が、元プロサーファーで大手サングラスブランドの販売代理などを手がけていた実業家・中津ひろゆき氏でした。
2009年2月、主演映画の会見直前に妊娠と婚約を電撃発表し、同年4月に婚姻届を提出。5月には第一子となる長女を出産しました。ハワイと日本を往復する華やかな生活が報じられ、母となった彼女の穏やかな表情はファンを安堵させました。しかし、結婚生活はわずか3年足らずで暗雲が立ち込めます。
2012年5月、スポーツ紙によって別居と離婚協議入りが一斉に報じられました。取材関係者の証言によると、宮沢りえ・元旦那の離婚理由の本質は「生活拠点の隔たり」と「仕事観・家庭観の根本的なズレ」にありました。ハワイに強固な生活基盤を置き、のんびりとしたアイランドライフを望んだ中津氏に対し、りえは日本での舞台や映画出演を通じて本格的な演技派女優としての開花を迎えていました。
協議は難航を極め、決着までに約4年もの歳月を要することになります。最大の争点は、当時まだ幼かった長女の親権でした。異国での生活を提案する中津氏と、日本で自らの手で育て上げたいと願ったりえ側の主張は平行線をたどりましたが、2016年3月に正式な協議離婚が成立。子供の親権はりえが獲得し、シングルマザーとして娘を育てる決断を下しました。なお、中津ひろゆき氏の現在については、離婚後もハワイを拠点にビジネスを展開し、実業家としての活動を堅実に続けていると伝えられています。