多くの人が抱く「なぜ父親が麿で、息子たちが大森なのか?」という疑問の答えは非常にシンプルです。麿赤兒さんの本名が「大森晃(おおもり あきら)」であり、息子2人は本名の大森姓で活動しているためです。
麿赤兒という強烈な芸名は、劇作家の唐十郎氏らと活動していたアングラ演劇全盛期の1960年代に命名されました。「麿」は古代日本の貴族的な自称、「赤兒(せきじ)」は生まれたばかりの赤ん坊を意味し、「無垢でありながら混沌とした原初的なエネルギー」を象徴しています。
一方、息子の立嗣さんと南朋さんは、芸能界入りする際に父親の強烈な威光を借りることを徹底して避けました。本名である「大森」を名乗った背景には、演劇界のカリスマである父のネームバリューから心理的・物理的に距離を置き、自らの腕一本で勝負するという強い自立心が刻まれています。