退院は喜ばしいゴールであると同時に、医療機器や看護師の手を離れ、密室での過酷な育児が始まるスタート地点でもあります。取材班が当事者の手記、SNSコミュニティ、NICU家族会で語られる体験談を精査すると、退院直後の家庭が直面する特有のプレッシャーが浮き彫りになります。
典型的なのが「感染症への過剰な恐怖と孤立」です。極低出生体重児は肺機能が未熟なため、RSウイルス感染症などが重症化しやすく、冬期にはシナジス(抗体注射)の定期接種が必須となります。医師からの「風邪を引かせないように」という注意を忠実に守るあまり、生後1年近くにわたって親族の来訪すら断ち、外出を一切遮断して母子ともに社会から孤立してしまう事例が頻発しています。
ある母親は当時の手記で次のように心情を吐露しています。
「街を歩いていると『小さくて可愛いね、生後1カ月くらい?』と善意で声をかけられる。そのたびに『もう生後7カ月なんです』と言えず、胸をえぐられるような思いがした。SNSで同い年の子が離乳食を手づかみで食べている動画を見るのが怖くて、スマートフォンの電源を何日も切っていた」
また、パートナー間の温度差も深刻です。NICUへ毎日搾乳した母乳を届ける母側が強い危機感と医学知識を身につける一方、仕事で面会に行けない父側が「もう退院したんだから普通の子と同じだろう」と無邪気に発言し、夫婦関係に深い亀裂が入るパターンも見られます。家族全体が一種の「心的外傷後ストレス(PTSD)」に近い精神的重圧に晒されているのが、現場の偽らざる実態です。