タレントが飲食店をプロデュースする際、名義貸しや宣伝広告塔にとどまり、実質的な厨房運営は別会社が行うケースは少なくありません。鬼そば藤谷に対しても、当初はそのような色眼鏡で見る向きが存在しました。しかし、その認識は完全な誤解です。
藤谷氏はかつて、かの「ラーメンの鬼」と呼ばれた故・佐野実氏の魂を受け継ぎ、独学と名店での研鑽を重ねて自らの味を築き上げました。その実力を世界に証明した決定打が、ニューヨークで開催されたラーメンコンテストでの優勝実績です。並み居る強豪店を抑え、現地のニューヨーカーが舌を巻いた「ロブスターや和出汁を効かせた至極のスープ」は、現地メディアでも大々的に取り上げられました。
被災時にも「芸人の副業だからこれを機に撤退するのではないか」という無責任な噂が一部で囁かれました。しかし、彼は借入金や生活のリスクを背負ってまで浅草での再起を選びました。彼にとってラーメン作りは副業ではなく、人生を賭けた本業でありライフワークそのものなのです。