昭和後期、憲法改正や元号法制化運動など、日本の保守派政治運動において中心的な役割を果たした歴史がある。運動の現場を支えた若手活動家や幹部たちの中には、後に日本会議の設立や運営に関与する人物も多く含まれており、保守政治の重要な源流の一つとして語られてきた。
しかし、時代が下るにつれてその政治姿勢は劇的な変化を遂げる。かつての右派政治活動から完全に距離を置き、政党への推薦や支援を取りやめる方針を打ち出した。過去の運動像を知る人々にとっては驚きをもって受け止められたが、組織としての路線転換は決定的なものとなった。