裏組織において名刺は単なる自己紹介の道具ではない。第一に注目すべきは、上部に君臨する「代紋」だ。日本最大の指定暴力団である山口組をはじめ、各組織の代紋は家紋に匹敵する神聖な記号であり、無断で使用することは内部規律によって厳格に禁じられている。名刺の紙質やフォント、金箔の厚みまでもが、その組員の「格」や「直参(直系組長)」か「枝(下部組織)」かを見分けるコードになっていた。
役職の表記にも独自の暗号が隠されている。「若頭補佐」「本部長」「幹部」といった肩書は、組織内での序列と動かせる資金力を如実に物語る。直系組長の名刺には、組織本部の所在地や直通電話が一切書かれないケースも多く、代わりに取次役の連絡先が記されるのが通例だった。一目で相手のバックボーンと危険度を判別させるためのシステムが、この小さな紙に凝縮されていたのである。